これは、わたしが大学生の時にアルバイトとして初めて勤務したスーパー銭湯でのお話。
その銭湯は竹林に囲まれ、山肌に沿って棚田のように配置された露天風呂が特色の銭湯で、開業当初よりその立体的な造りが話題を呼び、とても繁盛していた。
 オープニングスタッフとして採用されたわたしは大学4年間をほぼこのアルバイトに費やしていたのだが、この店舗には、なんとも不気味な要素が存在していた。例えば、竹林を開拓した斜面に店舗自体が収まっている為、夜の闇が異様に深いこと。駐車場の入口横に動物霊園があること。露天風呂の地下に洞窟があることなどが挙げられる。

 その日、深夜0時頃に勤務を終えたわたしは、休憩室で同時刻にあがった同僚Aとたわいもない話をしていた。休憩室は一つの広い倉庫内をベニヤ板で区切った簡易的なものであったが、6畳程度はあり中央にこたつも配置され意外と快適であった為、勤務終了後もこうして過ごすことが多かった。
 気が付くと、時計の針は深夜2時を指していた。これは駄弁りすぎたと帰宅準備を始めた。その時、休憩室の明かりが突如消えあたりは闇に包まれた。

「んっ、お前らまだおったんかいな。」

声と共に明かりが灯った。
深夜2時に勤務を終えた同僚Nが休憩室に戻ってきたのだ。わたしはすぐに無人と思い電気をつけたつもりが、逆に消してしまったのだと理解した。
しかし、同僚Nが発した言葉は予想外なものだった。

「お前ら電気もつけんで何しとったん?」

「はあ?お前が電気消してビビらせようとしたんやろ。」

と同僚Aが同僚Nの悪戯を暴こうとしていた。だが、同僚Nも全く身に覚えがない様子で、確かに自分が休憩室に近づいた時には電気は消えていたと主張した。
 些細な小競り合いがごく僅か続いたが、わたしたちは電気の故障という見解を導き出し決着した。早々に帰宅準備を再開したわたしに同僚Nが言った。

「なあ、あのエアコンあんな傾いてたか?」

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※休憩室のエアコンは倉庫天井に設置された吊り下げ式のもので、倉庫全体の空調を管理していた。

 ちょうどわたしの頭上に位置していたエアコンを見上げると、確かに噴出口の方に体重がかかったように斜めに傾いていた。そして、電源は入っていないにも関わらず微かに揺れている。

 まるで、エアコンの端に腰掛けてブランコのように揺らす何者かがいるかのように。

 先ほどの停電といい、電気系統のトラブルか何かかと言い聞かせ、悪寒を覚えながらもわたしはリュックを背負い立ち上がり休憩室の扉のノブに手を伸ばした。刹那、再び休憩室の電気が消灯した。

「おい誰や!また電気消したんわ」

 思わずわたしは叫び、周囲を見渡した。暗いとはいえ、窓のある休憩室の中で同僚Aと同僚Nを捉えることは容易であった。彼らはまだ床に座っていて、電気スイッチに触れる位置にはいないことは確認できた。そして、混乱するわたしの脳を尻目にさらなる追い討ちがかかった。

「ドン!ギイイイー」

 大きな音が休憩室に響き渡り、わたしは反射的に音の発生源であろうエアコンを見上げた。前後に激しく揺れるエアコンの様は、今まで体重をかけていた何かが飛び降りた後のように見えた。
 その後、わたしは同僚のことを意識もせずに一目散に逃げ帰った。

 後日、同僚Aにそのあとのことを聞いた。電気のスイッチは消えておらず蛍光灯が球切れだったこと、同僚Nがその日の帰路バイク事故を起こし右腕を骨折したことを。そして、わたし自身も思い返す。休憩室の2回目の停電前にわたしが手を伸ばした時、確実に閉まっていた休憩室の扉が、最後に逃げ帰った時は大きく開いていたことを。