「温泉の神様は女性やから、掘削工事中は女性に現(うつつ)を抜かすな。」

お世話になった温泉掘削会社のH社長の言葉だ。
温泉の神様は女性であるから、地中に巨大なパイプやドリルなどを挿入する掘削工事は人間でいうところの性行為だということ。よって、温泉の女神様に許しを得る為に、温泉掘削に限らず井戸など地下水源を掘り当てる工事には入念に地鎮祭を初め神事がとりおこなわられているとのことだ。確かに私の記憶するところでも、神話やファンタジーの世界に出てくる水を司る神や精霊は女性がほとんどである。
 ちなみに、日本では温泉を司る神は、日本最古の温泉の一つ道後温泉を開湯したとされ、医薬の神としても広く知られる少彦名命(スクナヒコナノミコト)が有名なようですが、性別は不明とされている。

 さて最初のH社長の言葉に戻る。 H社長は数年前に他界されているのだが、これまで何十年と温泉や銭湯の井戸掘削を手掛けられている大ベテランといえる方だった。この言葉は、そんなH社長がこれまでの経験をもとに導き出した、いわば温泉掘削時の禁忌のようなものだったのだ。
 要は、温泉の女神様に許可を得て地中に重機を挿入する行為の最中に、他の女性に現を抜かすことは神への冒涜、私たちが“浮気”と表するものにあたるということ。当然このような冒涜を女神は許すことなく、容赦なく天罰を下した。そうやられたらやり返すの精神だ。


 スーパー銭湯建設ラッシュだった2000年前半、わたしが勤めていたスーパー銭湯でも近隣に競合店ができたことによりそれまで潤沢だった施設入館者数に陰りが出始めた。売却か温泉掘削かの2択に迫られ、上司であった事業責任者のT部長は熟考の末、温泉掘削を選択した。その際に出会ったのがH社長である。当時のわたしは下っ端社員であった為、詳しいやりとりは聞かされてはいないが、あれやこれやと温泉掘削の話がまとまり駐車場の一角に巨大な掘削櫓が姿を現した。
 819441_m※温泉の櫓
 まもなくして、施設内で不思議な現象が発生するようになったのである。それは、櫓の最上部に白い布のようなものが揺らめいている、事務所にいると肩を叩かれる、閉店後にドライヤーの音が聞こえる、露天風呂に大量の髪の毛が沈んでいるなど次々に報告された。わたしは現象が報告される度にH社長の言葉が脳裏を過り、冗談半分で聞き流していた自分の愚かさを悔いていた。
 当時のわたしは、上司に誘われキャバクラや風俗店も渡り歩き、当然のように付き合っていた彼女とも夜を共にしていたからである。禁忌を犯したのは、十中八九わたしだけではなくT部長をはじめとした全メンバーであろうが、同じ施設内のスタッフであった彼女と女神の御前といえる施設内で性行為を犯したわたしは大罪人であろう。しかし、懲りないわたしは再びこの禁忌を犯してしまうのであるが、それはまた別の奇談で。